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不安定という名の安定。人の経験のこと。

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ByMari


「 安定という名の 不安定

  不安定という名の 安定 」




今朝、友達のブログを読んでいて、ふと思い浮かんだ言葉。



どうやら、その意味はなんとなく、

安定のように みえて、 不安定

不安定のように みえて、安定 ってことらしい。




「安定」をもとめるより、

案外、不安定が常態だと受け入れて、

その波に、ぷかりぷかり乗りながら、ちからを抜いているほうが、

ほんとうの安定って気がしてきた。





身近な人と接している中でも、

「どうしてこうなんだろう?」と思うことが多い。

ウィリアム・レーネンさん流にいえば、「どうして?」はご法度なのだが(笑)。

やっぱり、わかっていても、無意識に「どうして?」って他人のことを感じることは多い。



で、なにか、その人のちからになりたくて、

空回りして、がっかりすることを、繰り返してきた気がする。

結局、わたしにはどうすることも、できないんだなと、今朝しみじみ思った。

その人の経験だから。






夢の話をしていて、いつも、それを感じる。


それを、可能だと思うか。

いろいろ語り合いながらも、

最終的には、「所詮、無理だから」とか「もう遅い」とかで、終わってしまうのか。



後者の場合、仕方ないのだと、思った。

その人が、つまらなそうに暮らしていても、悶々と暮らしていても、

その人が選んでいる生き方、現実だから。




ちょっとした励ましで、簡単に、本当に進んでいく人と、

永久に、どう転がしても、進まない人の場合がある。



永久に進まない場合、

たぶん、その人自身で、リミッターをはめているのだとおもう。


口では「こうしたい」「ああなりたい」と語っていても、

じぶんを信じていない、

または、実は本心は、成功や実現することを恐れているのかも。



そうなると、その人にとっての幸せは、本当はもっと別なのかもしれない。


「夢」だと思っていたのは、

そうなることで、じぶんをやっと肯定できる条件にすぎないとか。

じぶんに自信がない、愛せないから、

そうなることで、やっと満足=肯定できる気がしているだけだったり。

手に入れてみたら、飽きちゃったり、案外「ちがう」と思ったりするのかも。



本当に求めているのは、大事なのは、

シンプルに、じぶんを肯定すること、愛すること、認めることだったりする。

その「夢」自体じゃなかったりするんじゃないか。



でも、そういうプロセスそのものが、

大切な経験であって、

葛藤しながら、転げまわって、悶々としているのも、

魂に必要なプログラムなのかもしれないな~と思う。


だから、見守るだけなのだと思った。

見守りながら、心の中でお祈りする。

その人が、その人らしく生きられるように。




そして、わたしもせめて、じぶんの幸せや良い状態を心がけて、

日々を充実して生きることだと、あらためて思った。



幸せの形や、追い求める成功、夢の形が、人によってぜんぜんちがう。

それでいいんだろう。

それぞれが、それぞれの場所で「幸せ」を感じられればいい。





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