『進撃の巨人』と、『たそがれ清兵衛』

なんだか、『進撃の巨人』が気になって、でも近づかないでいる、わたくしであります。

最近、すごいブームになっていて、驚いている。ついに、コンビニにまでグッツが置かれだしている!!



気になりつつ、近づかないのには、理由がある。

じつは、半年前?いや、それ以上前に、

『進撃の巨人』のアニメをたまたま、どこかの動画サイトでみてしまい、

後味が悪く、気持ち悪くなった記憶があるからだ。




なぜ、これほどウケる、ブームになったのかと、興味深くて、気になってしまう。

極限状態に追いやられる、パニックムービーの要素と、

人間が生きたまま食べられるというグロテスクさが、

本能や、無意識の部分に、働きかけるのかな?と思う。


『エヴァンゲリオン』が大流行したときも、観る側の暗さや不安さ、閉塞感を刺激したり、
時代の空気感をくみ取っている感じがあった。

『進撃の巨人』も、けっこう設定は似ている(巨大な敵が襲ってくる、人類はほぼ無力など)上に、
今の時代の空気感をとらえているのだろう。


なぜか、偶然、テレビで『進撃の巨人』の作者がインタビューされているのを観る機会があり、
作り手としての興味も感じた。

外国人の表情の写真とか見ながら、
巨人の原案を作っていて、
ディテールにもすごくこだわりがあり、なるほどと思った。

悪夢のように、人間の無意識の恐怖を、刺激する感じがした。


・・・たぶん、今の世の中で、
なにかしら閉塞感や不安、無力感、嫌悪や憎しみを無意識に感じつつ暮らしている人が、
あれをみて、カタストロフィー?昇華?しているんじゃないかな、
というのが、わたしの勝手な推測である。





一方で、最近わたしが共感し、惹かれ、探ろうとしている方向性は、まるきり違う。

ある意味、逆方向。

山田洋次の凄さに、あらためて感心している。

二年ほど前から、寅さんの素晴らしさを再確認しはじめたが、
この味はなんだろうって、じーっと観察していた。

先日、映画『たそがれ清兵衛』を観直したら、この人の作品の良さが、また一つ分かった気がした。



「人間の描きかた」って、その人の価値観、哲学がほんとうにじみ出ている。

寅さんなんか、あまりに身近すぎて、
何作も出てるし、いつもお正月にやっているイメージがあった。
見知った世界が描かれている、日本の映画という感じがして、全然興味がわかなかった。

でも、なぜか、この年になってきて、
寅さんの映画の良さがわかったりするから、ふしぎだ。



大流行、ブレイクするのは、それはそれですごいことだし、
あとになって、語り継がれる部分もあるけども・・・。

たとえば、『エヴァンゲリオン』は、
時代の象徴としては意味はあるけど、消費されて、消耗して、終わっちゃったものね。
今ならば、古い感じがする。

何度も、数年後みても、観る人観る人にとって、また違った味わいがある…とはならない気がする。

アニメや漫画に、それを求めるのはまた違うのかな。
エンターテイメントだから。

エンタメは、とにかく面白さと刺激が大事だから。
それに時代の空気があれば、むしろ出来の良い作品に入るのだろうな。

そう考えると、
ジブリ映画が飽きがこないのは、やはり特別なんだろうな。
作りや、次元が、ちがうんだろう。


『たそがれ清兵衛』から、藤沢周平への興味も広がっている。

時代小説、時代劇って、ただのチャンバラじゃなかったんだと、いまやっと、知った。

子どものころから、時代物は好きだったけど、やっと、やっと…ちがいがわかってきた。

好奇心はつきないな~。
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