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「過去」のこと。「闘い」から、「安らぎ」へ

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ByMari



ここ数日、夜中の授乳と授乳の間、二時間くらい寝られる時間に、

いろいろなことが頭をよぎって、眠れないときがある。


そういう時は、すんごい眠いはずなのに、目がさえてしまう。




観察してみると、たいてい、

過去のことを思い出していることがおおい。


昨日も、一時間くらい、ぐわーっと思い出して、なんだかな~な気分を味わった。





ふりかえると、わたしは定期的に、

なにかの転換期の際、

それまでの過去を思い出す習性があるみたい。


でも、今回は、ひとつ気づいたことがある。


それは、「過去」って、重いな~ってこと。


エネルギーコードを切るイメージングって、

対・人間のときにする印象が強かったけど、

今回は、過去の物事や、それにまつわる人々をイメージして、やってみた。



なぜか、わたしのオーラにくっついた、甲殻類の足みたいなイメージがわいた。

それを、ぶちぶちぶち~って、カニ用ハサミのような、強力な鋏で切り落とした。

かなりすっきりしたから驚きだった。




エネルギーコードを切るイメージをしたら後は、

体にまとわりついた、ぶ厚い着ぐるみを、どさりと脱ぎ捨てて、

Tシャツに短パン、裸足で、走り出すような身軽さを感じた。


なんだか、とっても自由な気がして、

いつだって身軽でいたいな~って思った。







「過去」は終わってしまったことであり、

いま、そのときの感情や、後悔や恥、罪悪感を感じる必要はない。

そのときのわたしと、いまのわたしは、変わったし、

もはや「他人」みたいなものだ。

「過去」から学ぶことがあっても、それ以上でも以下でもない。




そして過去にかかわった人たちから、いまのわたしを、どう思われようと、もはや関係ない。





今日、ある学生の論文を添削していて、あるフレーズが目に留まった。

「闘い」という言葉。

わたしにとっては、数年前まで、日々、毎日、すべてがそんなだった気がする。



たぶん、いま振り返ると、
膠原病を本格的に発症し、初めて入院したあの年が、転機だった。


病気をしなかったら、ずっとそんな世界を突っ走っていた。どこまでも。


でも、もうそうじゃないんだ、じぶんには合わないんだって、気づいてから、
変わって、
今があるんだとおもう。

いまのわたしには、「闘い」って、ない。


もっと万事が、自由で、気楽で、

楽しみ、喜びが、基準で生きている。


たぶん、もう二度と、元の世界には戻らないとおもう。

それまでは、ずーっと気づかないで、無理して生きてきていたから。



いまは、人の目とか、世間体とか、形とか、どうだっていいって、思えるようになった。


これからは、「本当のじぶん」を生きていくんだな。

あらためて、そう思った。


のんびりゆったり。

「癒し」「許し」「やすらぎ」。
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