沖縄ひとり旅 ~愛について学んだ~

ブログの改造を思ってます。

というのも、じぶんのステージが別の方向に向かってるな~というのを、感じているから。

ずっと、ブログのスタートから、一応「膠原病」のくくりで、ジャンルに属し、
からだのことや日常、こころのことを書いてきたつもりですが、
ま、あまりそれっぽくないことも、多く(^_^;)。

自由に書いてきたつもり。

でも、ひとが思うほどには、
じつは、ジャンルというのは、枠になりもすれば、個性になったりもする。

それを看板にうたうということは、やはりそれにこたえなければいけない気もする。

病気が治ったわけでもないし、これからも、自分の一部だけど、
もっと気になること、やりたいこと、書きたいことが増えてきたので、
ここで一度、リセットしよう、と思ってます。


tree okinawa

23日、24日と、
あかちゃんを実家に預けて、
沖縄に、一泊二日の強行軍で行ってきました。

第一の目的は、知名藤枝さんの個人セッションを受けること。

とてもとても久しぶりの、飛行機の旅。

おまけに、これだけ一人きりになったのも、妊娠してからずっとなかったかもしれない。

申し込んだ当初、行くしかないと思って、申し込んだ。
とにかく、困っていて。

でも、セッションが近づくほどに、また気持も状況も変化していった。

飛行機の中で、本当にわたしがききたいこと、相談したいことを、
書き出してみて、沢山列挙できた。

だけど、
ふしぎに、
沖縄について、ぶらり、備瀬のフクギ並木など見て歩いていたら、
どんどん、落ちていった気がする。

なんというか、
大半は、もう、すでに、じぶんで行動するだけってことも多くて、
そしてじぶんでも、できそうな気がしており、楽しいことばかりで。

じぶん自身、これはたぶん、知名さんにただ「OK」とか「GO」とか言ってほしいだけであり、
確認したいだけであり、
なんだか、それって、恥ずかしいな~なんて思ったりした。

そんなせいか、
セッションは予想通りの部分と、予想とはちがった、もっと深い話をお聞きすることができた気がする。

二日目、セッションを受けてから、
帰りの飛行機に間に合うように、高速で、ひとり、車を走らせているとき、
自然に涙がぽろぽろと出てきた。

感情が激してというより、
しみじみ、深く、感動して・・・というかんじ。

深い、愛の、話を教わった気がした。

すべては魂レベル。

深く深く降りていくと、突き詰めていくと、魂レベルであって、

出会いも別れも、すべて、魂レベル。

人と対峙するときも、本質的には、そういうことなんだなと思った。


わたしは一人躍起になっていたけど、

変えられないものは、変えられないし、それで自分を責めることもないのだとわかった。

本当に、本当に、それはその人の魂が選ぶことだから。

わたしがなにをしても、しかたないことなのだと。

互いが、愛していないわけでもない。

愛はある。

だけど、魂は別だし、別のコースを決めている場合もある。

それが自然だったりするのかもしれないなと。


でも、出会った意味、いま一緒にいる意味はあるわけで、

わたしは、「いま」を一生懸命、心こめて、生きようと思った。

本当の意味で、強い愛を、生きるステージに入ったのだな、と。

そして、わたしの魂の癖も、周囲のひとの癖もぜんぶくみ取ったうえで、

いろいろ丁寧に話してくれた、知名さんの深さと愛を感じた。

たぶん、それが時差的に、
帰り道で伝わってきたんだと思う。

わたしの複雑ないいところも、だめなところも、よくわかっているうえで、
励ましと、深い理解で、
ぜんぶ言ってくれていることだったと、思った。


okinawa2

沖縄の旅、そして知名さんとのセッションで、
一番、インパクトがあったこと。

たぶん、それは、
じぶんが思っているよりも、
もっともっと、わたしは、じぶんのこと愛していなかったんだなと、
腑に落ちて、気づいたこと。

最近は、以前よりだいぶ、じぶんを愛することに上手になってきた、
マシになってきていたつもりだったけど。

全然、まだまだ、愛しているのレベルじゃなかったんだ。

全然下手だった。

それが、すべての問題の本質、根本原因と、気づいた。

「じぶんが、じぶんを愛せていない」こと。

この人生、34年のなかの、核心にさらに近づいた気がした。

「じぶんを愛するとか、優しくという風に、あなたには云っても、よくわからない。

『そんなぬるくていいんですか?』とかになっちゃう。

だから『自分をリスペクトする、尊敬する』でいいんだと思う。

自分を尊敬する、「すごい!」ってリスペクトしてあげること。

そうすると、自分をふくめ、自分に属するもの、すべてに愛、なるから。」

と知名さんが云ってくれたとき。

やはり、わたしは、目からうろこというか、

たしかに、
「自分を愛する」とか「じぶんに優しく」って、
ことばほどに、いうほどには、
本当はよくわかっていない、自分がいることを、正直に認めた。

ほんとうに、ほんとうに、よくわかっていないんです。
どうしたら、そうできるのか、よくわからん。


自分でも、最近、驚いた出来事がある。


あかちゃんと接していて、
あかちゃんが、100%ピュアな愛情で、
母としてのわたしを、愛してくれている、肯定してくれているというのを、
肌身で感じて、
でも、「え?こんなわたしでいいの?」と、どこか戸惑った、
まだとっさに思ってしまった、私がいること。

それくらいに、わたしは、
わたしのこと、愛していない。認めてきていなかった。

そんな、穴ぽっかりの、
エネルギーがあり余って、
外には放出しまくっているのに、
じぶんのことはなにもわかっていない自分の、
まず、自分を発見する物語から、
はじめていくという・・・。

人生は、きびしいけど、
感動に満ち溢れていて、
純粋で、うつくしい、きれいだな、とあらためて思ったりする。



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