光と風と水と。

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変化の時。クラシック。一つとして同じ光はない。

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昨日は、アロマテラピー検定を受験する予定が、
きゅうきょ、
予定がかわり、
とある話し合いの場へ。


アロマテラピー検定、
お金も払ってるし、
受験しないのはもったいないと思ったが、
どちらが喫緊の課題かといえば、
そちらの話し合いだったので、
今回はアロマテラピー検定のほうを、見送ることにした。

物事の本質をとらえるって、
むずかしいな~と感じている。

とくに、じぶんが当事者である場合。


変化の時、
周囲やじぶんが少々混乱するとしても
たまねぎの厚めの皮をぐりっと剥くみたいに、
必要な決断や行動も、ある。


自分を愛する、
自分を大切にするということが、
どういうことか。
よくわかっていない自分に気づいてから、
それを真摯にみつめるようになった。

すこしは前進している気がする。

選択肢も、行動も、変わってきた。

見えてくる世界も、変わってきた。


ありがたいような援助や気遣いが寄せられたり、
一方で、大切だと思い入れを持っていた物事が、じつは全然内実が違っているのかも?とみえてきたり。

いろんな立場や視点になってみないと、
見えないこと、気づかないことってある。

すべては、わたしに必要だから、起こっていることと感じつつ、
自分の心地よいものにも、さりげなく気づき、
近づいていく今日この頃。


グルックの精霊の踊りという曲。

最近、NHKのクラシックの番組で、曲名を知り、曲の背景を知り、
あらためて好きだな~と感じた。

クラシックの音を聴いていると、素直に、音の流れにのっていける。
雑念が消えて、
クリアになる。
高い響きに、チューニングされていく・・・というか。

ヴィヴァルディの春とか、
中学校での音楽の授業でのイメージ強かったけど、
最近、あらためて聴いたら、けっこう好きだな~と感じた。



クラシックって、
繊細で、微妙な質感や温度、色合い、香り、物語など、いろんなものを表現できているジャンルな気がする。

言語での表現じゃなくて、
音だけで、
こんなにイメージや絵や、五感をかんじさせるのが、あらためて、すごいな~と感じてる。

ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
を久しぶりに聴いて、
この玉虫色、オパールみたいな世界観に惹かれた。
すごい好きだな~と思った。



印象派の画家の言葉かなにかで、
同じ教会を、時間をわけて、描いた作品かなにかの説明。

光でも、
一つとして同じ光はないって、言葉が印象的だった。

朝の光、
昼の光、
夜の光で、
同じ場所でも、まったく違った光がそこにある・・・と画家が云っていた。

あらゆる光を描き分ける・・・みたいな、繊細さ。

ある番組で、
ゴッホが描いたという、南フランスのブドウ畑が取材されていて、
そこの農家の人が、
リポーターに云っていた。

「ほら、この光を顔に浴びて、感じてみて。
この光を、ゴッホは感じながら、あの絵を描いたんだよ」って。

ゴッホも愛した、
ここにしかない光を、わたしも愛しているって、そのブドウ農家の人は云っていた。

ただブドウを作っている農家の人というより、
そこに文化や精神を感じた。

芸術のそういう微妙な違い、
それを感受する感性に、
とても惹かれる。
なにか、ある、気がする。
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