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in 小説・映画・アート

精神の紳士”サプール”、寂聴さんと宇野千代

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昨日、NHKで、
『世界一服にお金をかける男』たちという、
コンゴ共和国の”サプール”という、ファッション文化の番組をみた。

sapu-ru


かれらは、紳士の服を着て、
紳士のような所作で歩きだした瞬間、
精神からすべて、紳士になってしまう。

彼らは、ふだんは、電気工だったり、消防署員だったり、
トラックドライバーだったり、職はさまざま。

収入も決して豊かではなく、月収300ドルほどなのに、
その半分以上を、服についやす。

欧米の高価なブランドのスーツを、独特のセンスで、きこなす。

そして、服をただ着るだけではなく、
平和を愛し、品位を重んじ、
暴力ではなく、
服で自己主張するサプールの流儀や美学を、重んじる。

一種の傾奇者のような感じ。

サプールとは何か、
語っているときの彼らは、キラキラしていた。
ときに、みたことないくらい、まじめで、
武士道を語る侍みたいに、率直で、真剣だった。

美学を生きるって、かっこいい。

世間の価値観でもなく、
誰のためでもなく、
自分の信じる、これがよいとおもう基準を、
美学を生きる。

そこには、
物質的に豊かか貧乏だとか、
本当の職業が云々とかは関係なく、
どう生きるか、どうありたいか、の表現ということ。






最近、ずーっと気になっていたテーマに、また一つヒントを得た気がした。

高倉健が亡くなった時、
高倉健のエピソードがばあーっと報道されていて、
その時も感じた。

”人格” ”人格者”って言葉。

高倉健は、役柄を演じるだけではなく、
人生そのもので、映画俳優を、生きてたんだな~と思った。

どんなふうに生きることもできるけど、
その人の美学、美意識ってものが、
たたずまいに滲み出る。

それに、人は感動するんだと思う。

やっぱり、技術とか、見た目とか、才能とか、
単に売り出し方とか、ではないのだとおもう。





12月に入って、すこし気持ちの余裕がうまれ、
じぶんはどんな風なタイプなのか、
どんなふうに進んでいきたいのか、ふんわりと思いめぐらすときがある。

「じぶんのこの生き方、この癖、どうなん?」
って思っていた気持ちが、
だんだん、
大きく大きく、
開き直りの方向へ、おおらかに流れようとして来ている。



今日、たまたま本屋さんに寄ったら、
気になる雑誌発見。

zattsi

寂聴さん、入院しているらしいけど、こんな特集雑誌が出ていた。

詩人・伊藤比呂美と、煩悩を笑いながら語るような対談、アップしていた。

「離婚、恋愛、セックス、したいことは何歳でもおやりなさい」

「離婚なんて何度したっていいのよ」

この二人に云われてしまえば、
わらって、「さいですか!!」って言えちゃうわな。

雑誌の裏表紙には、
宇野千代のオリーブオイルの広告。

「ああ、もう、神のメッセージとしか思えない!!」

と、即購入。


いやいや、べつに要チェックワード

”離婚” 

に惹かれているわけではないのですよ(笑)。

なんつーか、
寂聴さんとか、宇野千代とか、
彼女たちの生きてきたあり方に、
竹を割ったような、
世間をカッカッと笑いとばすような、
潔さ、気持ちよさを感じるのです。いつも。



一休宗純の、僧侶としては型破りな生き方とか。

世の中の常識をうらがえして、笑うみたいな。

そういうものに、常に惹かれる気持ちがある。わたし。

わたしは、わたしの美学、道を、生きていこう。

あらためて、そんな想いを熟成させている、今日この頃。

じぶんの道、美学っておもったとき、
とても自由な、
まっさらな気持ちになった。
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