イルカの愛と初女さん * 『Mariの直感カウンセリング in 横浜』

今日は、姉と、生後7か月の姪、うちの子と、わたしで、
八景島シーパラダイスに行ってきました。

ひさしぶりにシーパラ。

地方の大きなアミューズメントパークにありがちな、
建物の老朽化や、ところどころ雑なところもありつつ、
なんとなく、のどかで、
活気のあるところは活気があって、
まだ生き残れている感のある、場所ですな。

海に突き出た島が、ひとつのアミューズメントパークなので、
海の公園としても、散策したり、釣りもできる感じ。

遊園地的なアトラクション、乗り物もあって、
懐かしい気持ちになった。

じつは、わたしの地元には、
横浜ドリームランドっちゅう、遊園地があったんですね~。

それがつぶれたのは、いつだったかな~。

子どものころ、しょっちゅう行っていて、あれが身近だったのが、
いまとなっては、とても豊かで、楽しい思い出です。

楽しむために造られた、
ハラハラドキドキ、ワクワク、
そんなワンダーランドが、
遊園地。

「人生と似てるよな~」なんて、思っていた今日でした。

つい最近、まで、
わたしは人生のなかでの、
おそらく「「ホラーハウス」にいた。

ようは、恐怖やスリルに働きかけて、
アドレナリンが出て、それがメインという・・・。

でも、それって、一時的だから、驚くし、楽しめる?わけであって、
お化け屋敷に、ひとは、一生住みたいとは思わない!!(笑)。

それに、そもそも、遊園地でも、
「お化け屋敷」とかそっち系に入るタイプではないしな~と気づいた次第。


わたしにフィットして感じるのは、
イルカやセイウチのいる、
「ふれあいラグーン」というコーナーでした。

すんごいサービス精神旺盛で、親身な?セイウチがいて、
なんども、くるっと、
わたしたちの目の前まで来てくれて、感動した。

セイウチにこんなに感動するとは思わなかった。
嬉しかった~。

それと、イルカになぜ、これほど惹かれるんだろ~って改めて思った。

イルカは、
わたしにとっては、「自由と愛の象徴」なのだなと、思った

うちの姪が泣き始めたら、
それまで自由に泳いでたイルカの一匹が、
近くまできて、じーっとこちらをみていた。

sea3

赤ちゃんの泣き声が、わかるみたいだった。

で、1才になったうちの子とも、
「ばいば~い」とか、イルカに手を振ったりした。

sea2
尾びれを見せて、しばし停止してたイルカ。

今思うと、バイバイしてくれてたのかも。

イルカや、海の動物たちが、
なんで何もしないのに?
あんなに、人を癒してくれるんだろう・・・って思ったとき、
佐藤初女さんと、重なるものをかんじた。


じつは、昨日は昨日で、
横浜で開催された、佐藤初女さんの講演会に行ってきたのでした。

初女さんは、

「生活そのものが祈り」

とお話ししてた。

「無意識でやったことのほうが、人の心に響くことがある。
それが本物だと思うのですよね」

の一言が、とても印象的だった。

初女さんのお話しすることは、シンプルだ。
すべてがさりげなく、無理がなく、
でも、くまなく心がゆきわたっていて、
曇りの一つも感じられない、
透明な人だった。

お話を聴くにしても、
なにもしないこと、ただ傍にいることの大切さも、おっしゃられていて…。

存在そのものが、癒し。

存在そのもので、働きかけるとは、
こういうことなんだ~と思った。

初女さんのことは、また次の機会に、ちゃんと書きたいけど、
イルカにも、
わたしは、
初女さんと似たものを、感じる。

わたしもそんな風になりたいな~と、
もう一度思いながら、
今日は、ベビーカーを押しながら、海の生き物の愛を感じてました。

カウンセリングという形が、それにつながるのか。

イベントの開催という形、
何かを手で作るという形、
・・・なにが、それにつながるのか。

いまはまだ、わたしにはハッキリしないけど、、
とりあえず、
思ったことを、一つずつ、やってみます。

sea4

『Mariの直感カウンセリング 個人セッション in 横浜』

モヤモヤした小さなお悩みから、
ずっと胸にひめていることまで、
のんびり、ゆっくり、お話ししてみませんか?

特に悩みはないけど、
ただ、Mariと、なんとなく話してみたいな~って方でもOKです。
どんな話題や質問にも、気軽にお話しします。

企画やプロデュース的な観点の、コンサルタントも可能です。
これから何か始めたい方、
新しい自分になりたいという想いのある方。
夢にむかって、動き出したけど、方向性に迷っている方など。
お話しすることで、なにか見えてくるかもしれません。

どんなことでも、
だれかに話すだけで、すこしホッとするもんです。

また言葉にして、語ってみると、
意外なじぶんに、気づくこともあります。

さわやかな春の一日、
”じぶん”に出会ってみませんか?


◎日時:4月25日(土)
  
 1、13:20~14:20
2、14:30~15:30
3、15:40~16:40

◎場所:JR戸塚駅から徒歩10分程。お申し込み後、お伝えします。

◎セッション料:お一人様60分、4000円

◎受付:yuimaalu22☆mail.comへメール。(☆を@にかえて、送信ください)

◎メールに、以下をご記入し、お申し込みください。
 
  ・参加者の氏名、氏名のふりがな。
 ・希望する時間帯を、第一~第三希望まで。

◎ お申し込みのメール受信後、
 追って、Mariより、ご連絡のメールを返信します。

◎その他、お問い合わせも、yuimaalu22☆gmail.com まで



★今後、募集予定★

5月に開催予定。

【日帰り】新緑の大雄山で深呼吸♪すっきり森林浴ツアー。

エネルギーは動いてる!正直さが、私の誠実。

昨日は、月に一回のカウンセラー講座でした。

実習がメインなので、朝から夕方まで、みっちり、実習します。

なので、
体調がいまいちだと、集中できず、不完全燃焼。

心身ともに、コンディションが整っていることが大切と、学びました。

それにしても、クライアント役を何度もする経験をしてみて、
気づかされたことは、
こんなにカウンセリングって、
エネルギーへの働きかけがあるもんなんだな~ということ。

以前、ちゃんとした施設の相談室で、
カウンセリングを受ける経験があったのですが、
正直、事実確認や整理が多くて、
あまり心理的に変化していったり、
エネルギー的な強い影響力を感じることって、無かったです。

たぶん、それは、
実際的な問題解決型の相談になってしまっていたからかな、というのもあります。

カウンセリングを受けた後、話すことによる疲れを感じたのは、何度かあったけど。

じぶんの軸は以前と強くあったし、
エネルギーや情動の変化みたいなものを感じることは、あまりなかった。

そもそも、私の根っこには、
どこか、「(一般的な心理)カウンセリングって本当に効果あるのかな?」
という気持ちがあったのかも。

サイキックの人のセッションやカウンセリングを受ける経験のほうが多く、
その圧倒的な働きかけと、
うけとったメッセージやアドバイスから、
自分で判断して、行動して、対処していくのが、多かったから。

でもね~、
おもしろいですね。

わかりやすく、クレヤボヤンスとか、六感とか直感とか強い方ではなくとも、
たぶん、
そういう方法でカウンセリングをしていないとしても、
カウンセリングをする行為の中で、
エネルギーの働きかけ、
交流、循環ってものは、
確実に起こってますね。

スピリチュアル系のイベントやワークショップ、
個人セッション、グループセッションにも、何度か経験してて、
そのときの影響力やエネルギーみたいなものを、
感じることがあった。

それと同じように、カウンセラー講座で、
グループでワークをしたり、セッションをしていると、
とてもエネルギーの働きかけを感じる。
動いたり、流れたりしているのを、感じる。

わたしたちがやっている方法は、あくまで、
心理学で、実証されている方法です。

ようは、サイキックが、
「エネルギー送ってる~」とか、
「働きかけてる~」とかではなくとも!

エネルギーは、動いている。

この経験を通じて、
私が思うには、
サイキックの人たちが、よく云っているように、
人間にはそもそも、
誰しもに、直感やサイキック能力ってものがあり、
日常のいろんな場面で、エネルギーを使っているのだな、と。

ただそれを使っているかどうか、
本人が、自覚していないだけなのだろう。

特別ななにかでなくとも、
ちゃんと相手をうけとめて、境界線をもち、客観的で、無条件の愛の態度を実践できれば、
ポジティブな場を、
ポジティブなエネルギーのかかわりを、作れるってことだとおもう。



昨日、一日を通して、
じぶん自身について気づいたことの一つ。

わたしは、複雑なようで、
自分が思っている以上に、原始人並みに、
シンプル、
竹を割ったようなところがあるのかもしれない。

ある程度まで、相手に合わせて、
柔軟に創意工夫できるけれども、
根は、
まわりくどいことが、きらい。

良いことは良い、
悪いことは悪い。

それは、ずっといわれてきたこと。
おじいさん、おばあさんに、
小さい時から云われた、ごくごく単純なこと。

正直でありなさい。

嘘をついてはいけません。

悪いことをしてしまったら、認めて、謝りなさい。

良いことをしてもらったら、感謝して、ありがとうといいなさい。

好きなら好きと伝え、褒める。

嫌だったら嫌だと伝え、どうして嫌なのか、伝える。

ごく単純なこと。

でも、大人になると、
わかりきった嘘をついたり、
自分を隠したりごまかしたりするために、
つく嘘もある。

正直ではない、ということ。

大人だから、それが感じられても、干渉することはなかった。

それはその人の問題だからだ。

人間だれしも弱いところがあり、言い分もあり、
だから見逃してよ、見逃すのが優しさだよ、
と考える人もいるかもしれない。

相手に嫌われたくない、
好かれたい、いいかっこしたい。

だから、相手の耳に心地よいことしか言わない関係性もあるだろう。

しかし、わたしが考える、ほんとうの人間関係はそうではない。

なので、そういうのが好きな人、
そういう関係性を求める人には、しんどいのかもしれない。

わたしは、正直に伝えたい事、伝えたほうがいいことは、云う。

云う、強さがある。
それを引き受ける勇気もある。

どう思われてもいいから、
それが大切だとおもえば、伝える。

正直さが、わたしの誠実。

これを変えたり、
誰かに合わせたりすることは、出来ないと思う。

浅いつきあいならば、曖昧に合わせられるけど。

相手に対する尊重、思いやり、深い理解と愛情。

それが、どういうものなのか。

最近、よくかんがえる。

強いわたしの誕生。全力で、右から左へ受け流す~。

昨日は、産業カウンセラーの講習日だった。

刺激的で、すごく深い時間をすごせた。

エネルギーや体力もすごく使うんだけど、
毎回、こなすたびに、
じぶん自身の気づきも大きい。
手ごたえ、あり。

見えないエネルギーも、
マッサージされたりしてるのかもしれない。

クライアント役もやったりするので、
自分の内面変化も、自然と刺激されるんでしょうね。

でも、
そんなにカウンセリングの影響力ないと思っていたのに、
今日は、
いつもと違う動きを、ガンってできた自分がいて、
驚いた。

ずっとずーっと思っていたけど、
相手に云えなかったことを、
すごい勢いで、
云えた。

電話で話したんだけど。

自分でも、こんな言える自分に驚き。

「強っ!!」って思った。

遠慮して、遠まわしに伝えるのではなく、
ガンって、思った通りに云った。

たぶん、わたしがああいう、
「怒り」を、
伝えることって、今まで皆無だったと思う。

相手も、
なにも言えないって感じだった。

だって、
わたしの言葉は、理にかなっているし、
云っていることが、ほんと、ただしいから、
何も言えないのだろう。

夫との日々の
ドキドキアドベンチャーな、
危険と隣り合わせ的な日々のおかげで、
わたしも度胸がついたんだな~という感想。

「やろうとおもえば、できるんだ!!」
っていう、奇妙な達成感と、
自分への肯定感がアップした。

今までわたしは、
相手のダメなところを汲んで、
尻拭いしたり、かばったり、先回りして助けていた。

イイところもあるし、長い付き合いの中で、それで仕方ないって諦めてた。

でも、気づいた。

相手も、
本当は、自分の手で努力して、成長すべきところを、
わたしがやってしまうことで、
その人は、いつまでたっても、自分ではできない状態になっているに、過ぎないんだって。

手助けのようで、その人の成長を妨げている。

その人だって、
自分一人でやらなければいけなくなったら、やるんだと思う。
出来るんだと思う。

もし、そうやって手放して、
その人が、自分でできないとしても、
また他の人に頼むだろう(私ではなくて)。


「つーか、
もう、どうでもいい!!」


までに、
到達・・・・。

ついに宇宙空間に到達・・・。

気が付いたら、
そうなってる、
自分の癖を、手放すことが、できそうです。



小さいことを、
全力で歌っているから、笑ってしまうこのネタ。

いや、どんな小さなことでも、
じつは、小っちゃくねえっすよっていう…。

「全力で!!!」

・・・(笑)。

自分を知る。話したくなければ、話さなくてもいい。

新しい場所、
新しいことに挑戦すると、
みえなかった自分に気づくことがある。

きっと、ずっと、
わたしはこんなところあったんだな~と確認しつつ、
内心、
人のことを気にしたり、
馴染まなきゃ、仲良くしなきゃとか、思っているじぶんの気持ちにも、気づいている。

子どものころから、ずっと、
集団が、
じつは苦手。

どの子と、どの子が仲良くて、
この子は、場所に馴染んでなさそうとか、馴染んでるな~とか。

すごく観察しているというか、見えてしまうというか、
気にしてしまう。

そして、じぶんが一番馴染んでいないように感じてしまう。

でも、
気持ちよく過ごすために、
悪く思われないようにしなきゃ、
浮いても行けないし、
目立ちすぎても行けないとか、
変に、すごく考えすぎてしまうところもありつつ。


幼かった頃の自分は、
高校生くらいまでの自分は、
そんな自分が嫌いだし、
ダメだって思ってた。

友達作るのがへたくそとか、
社交的じゃないとか。

すぐにオープンになれない自分は、
暗いとか、内気だとか。

ダメだしばかりで。


でも、おとなになった今、
そんなおどおどしている気持ちを観察しつつ、
そのままにさせている自分と、
それを観察している自分がいる。

必要以上に、そんな自分を悪く思っていたのは、
じぶんの過剰な色付けだったかもな~と。
思い込みだったのかもしれない。

じぶんは、
そんなじぶんでも、良いのだと、
今なら思える。

思ってやっても、いいだろうと、思える。


今日も、カウンセリングの練習をしていて、
不意に、
先日、夢の中で、従妹へ云っていた言葉が思い出された。

「話したいことがあれば、話せばいい。

でも、話したくなければ、無理に話さなくてもいい。

その方が自然だし、いい。

話さない自由もあるのだから」


夢の中で、
従妹の悩み話を聴きながら、
わたしが彼女に云っていた言葉だった。



わたしにとっては、ふしぎに、
この感覚、姿勢は、
いろんなことに通じる。


よい・わるいではなく、
じぶんにとって、自然か、無理してないかが、大切な気がする。

みんながこうしているから、
こうすべきだから、こうしなきゃ、じゃなくて。

自分に対してもそうだし、
人に対しても、そんな感じ。


無理して、オープンにならなくていいし、
なにかある、のは感じるけど、
その人が話したくなった時に、話したければ、話せばいいと思う。

で、ほのぼのと、見守っている。

オープンにならない選択も、
あるという、
自由。

選べるというところに、
自由と愛があるとおもう。

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