豊かさとしての読書~~『ザ・シークレット』、『ナルニア国物語』、『職業としての小説家』

なんやかやと、
忙しく動いております。

でも、まあ、
けっこう充実しているな~ってかんじです。

じぶんを充実させるのが、すこし上手になったかな?

人から勧められたものを、
素直に、ちょこっと取り入れてみるのが、
最近おもしろいな~って思う。

数か月前に、たぶん、
わたしが姉に、ホオポノポノをすすめたのがきっかけで、
まわりまわって、
姉は、いま、
『ザ・シークレット』シリーズに行きついていて、
私にそのDVDを勧めてきたので、
一昨日の夜、
『ザ・シークレット』の映像版を見ました。

書籍は、もう五年くらい前に読んでて、
手元にはないのだけど、
今みたら、
『ザ・シークレット』で行っている法則や方法が、
やっと、わかったな~。

タイミングがあるですね、何事も。

「引き寄せの法則」は、
宇宙法則みたいなものなのだけど、

それを理解して、
実践するのに、
どういうポイントを掴めばいいのかを、
わかりやすく、語っているんだよね。『ザ・シークレット』は。

あれでさえも、
信じる人と、信じない人と、
どちらもいると思うけど。

信じられる人=実践できる人で、

信じられない人=実践できない人、

というもの、一つの引き寄せの法則なのかもしれない(笑)。

つまり、「信じられない」という思考、想念、感情があるから、
「信じていない人の、現実」
しか起こらないのだろう…ってこと。

気になった人は、
ぜひぜひ、『ザ・シークレット』、観てみてください。



それから、
他にも、『ナルニア国物語』の作者の研究書、伝記本を読んだり、
いま、話題になってる?
村上春樹の『職業としての小説家』を、読み始めたり。

物語の世界や、
文学の世界に、改めて触れるのが、
自分にとっての、ほんと、自分だけの時間って感じがして、
ひさしぶりに、
豊かさを、思い出してます。

自分の好きな読書って、
本当、豊かだよね~って、
しみじみと。

とあるサイキックの人は、
本を読む、映画を観る趣味は、
左脳的な趣味で、
もっと、外に出たり、人にシェアできる趣味をしてください…みたいにおっしゃっていて、
それを真に受けた私は、
一時期、読書って、左脳的かも~なんて思って、
離れがちだったのです。

でも、そもそも、
私は読書が好きで、
へたすると、三度の飯より、好きだった。

子どものころから、物語の世界ほど、好きなものはなかった。

へたすると、
人間世界より、
物語世界の方が、心が親近感をわく。

物語世界のほうが、こころが楽に、安らかになる。

どの物語でも、
あそこの、あの場面の、あの部屋の、あの椅子・・・くらいに、
自分の中でイメージが定着していて、
一度、心に残ると、
その空間、イメージが、
ずーっと感触と共に、残っている…って感じ。

そういう、心の中の異空間、
オアシスを、
たくさん持っているって、
豊かなことだよね。

それが、
左脳的であるか、
右脳的であるか、
行動的か、
思考的か、
…も、どうでもよくって、
大事なポイントは、
自分が大好きなことなら、
ワクワクすることなら、
それは、「すべし!!」。

いまなら、そう思うよ~。


『スターウォーズ Ⅴ 帝国の逆襲』見ながら、クリーニング(笑)。

昨夜は、借りてきていた『スターウオーズ5』を、
早送りと再生を駆使しながら、
90分くらいで、見ました(笑)。

いや~、1~3のドラマの深さ、濃さ、密度、をかんがえると、

「5」は、映像も古くて、作り物めいていて、
アナログな感じがすごくしつつ。

ヨーダの登場シーンや、
ヨーダの声優さんや台詞が、違和感あって、おかしすぎて、
ギャーギャー叫びながら、見てた。

でも、ちゃんと話がつながっている部分があり、
今必要だから、この映画、なんだな~と思う場面や台詞があり、
クリーニングしながら、見てました。

ダース・ベイダーは、
ちゃんと、ルーク・スカイウオーカーに、
自分が父であること、を、云うんですね。

「自分とともに戦え、味方になれ、
それが、お前の運命だ」みたいなことも言ってた。

父の敵とおもっていたダース・ベイダーが、
じつは、
実の父親だとわかったときの、ルークの衝撃と悲しみと。

ベン(オビ=ワン)は、ルークに、
「父は死んだ」「ダース・ベイダーは父の仇敵だ」と、教えていた。

「ベン、なぜ、嘘を教えた」と、何度も呟く、ルーク。

おおおお~ってここらへんで、
胸にせまってきて、
クリーニング。

「ごめんなさい、ゆるしてください、ありがとう、愛してます=愛してます」を、念じた。

ルークは、ベンがうそを教えたと思ったみたいだけど・・・、
だけど、それは嘘じゃないのかもね。

アナキン・スカイウオーカーという、
優秀で、将来有望で、
心優しい、正義感にみちあふれた青年を殺したのは、

彼自身、本人だったのかもしれない。

自分の人間性、心、明るい部分、ジェダイとしての人生や可能性を抹殺し、
暗黒面におちていったのは、
本人自身の選択。

もうこの世に、かつてのジェダイだったアナキンは、おらず、
暗黒卿とともにある、ダース・ベイダー、がいる。

だから、実の父親が、
また、自分の父親の、敵でもある、のだ。

でも、ルークは、えらいね。

手を切り落とされても、
平常心を失わず、暗黒面に落ちることはなかった。

父親とは異なり、
彼には、まだ可能性がある。

思慮が足りなくて、忍耐強くなくても、
彼の芯の部分には、
母親の影響(パドメの血)も、あるのを感じた。

絶望と希望。

光と、影と。

どちらか、一つではないんだよね。どっちもあって、どっちも、なのだ。

なにが信じるべきもので、なにが信じられぬものなのか。

ヨーダの修行、ジェダイの修行の様子と、
ストーリー全体で、それが感覚として伝わってくる。

危機一髪だけど、かならずや、どこかに脱出口、光はある。



・・・今夜も、さらに「6」を、みます~❤。

なにげに、SF映画も好きな、わたし❤。

歩く禅的な素晴らしさ ~箱根神社&彫刻の森美術館~

忘れないうちに、
箱根神社の写真を。

気持ちよかった~。

hakoneji3
ぴーかん照り。
中国の方が多かった。

30%くらい、欧米の人。

ひさしぶりに行って、
やっぱり好きだけど、
いま振り返ると、
九頭龍神社があるせいか、
けっこう、「ライライライ(中国語風に)」っていう、
勢いのある、現世利益的な、引き寄せバリバリエネルギーも、あるところかな~って思った。

かといって、お寺的な、
人間臭さみたいなものはなくって、
やはり神社的なクリアさは、バリアーのようにあって。

なにはともあれ、
パッキリ、しているよ。

至らないものは、バサッと切る的な、潔さはあるね。

一方で、深々と受け止め、癒す、大きさと。

湖まで繋がってる、参道の杉並木らへんと、
まわりの森とが、特に好き。

hakoneji2


kakoneji
こんもり、苔。

それと、彫刻の森美術館の、
庭園&彫刻~!!

超絶、すてき空間。

こちらは、中国人より、
なぜか欧米人が多かった。

彫刻の森美術館のHPのブログをみてたら、
その日、その時間は、
妙に欧米の人多かった~って、美術館の人も書き込んでいて、笑えた。

ちょっと外国に来ているような気分だった。

アメリカ人?
イタリア?スペイン?フランス?

アートを身近に楽しめる国の
感性の豊かな人たちが、集まっているような。

ボリューム感のある体を、
ゆさゆさと、
白人の老夫婦とか歩いているのをみていると、
ピカソ館にいたら、ここはヨーロッパか?と思ったよ。

で、ピカソが、スペイン人だと知り、
あらためて、
スペイン行きたくなった~。

tyoko1
横たわる女性、って感じだったきがする。
フォルムがきれい。

tyoko2
地球みたいな球体。
金属的なのに、周囲の緑と、妙にマッチング。

cyo6
ヘンリー・ムーアの作品が、
こんもりと、ずーんと、たたずんでいる、緑の広場。

cyo7
一番有名?
ずど~んとたたずむ、カラフル女性の立像。

なんでも、女性作家の作品で、
妊娠中の友達からインスピレーションを得て、作った、作品だとか。

すんごい納得しちゃったよ。

この「ド~ン」具合に(笑)。

自信というか、
ふてぶてしさ、図太さ、
おおらかさ、
強さと、
ちょっと笑えちゃう感じ。

でも、この写真だと、
背中からだから、
ちょっと女性的な、愛らしさが、あるね。

前からだと、
こんな感じ。
女性
青いバックの、持ち方が、
腕のあたりが、この女性の状態を如実にだしている(笑)。
あと、太ももと、腰あたりの、存在感が、
「ザ・マザー(母)」。

cyo8
風の刻印という作品。
あとで調べたら、
日本人作家さんのでした。

どうも、古代遺跡を思わせるよ感じだったので、
外国の人のかという先入観が・・・。

この門?からみると、
景色がちがってみるのが、ふしぎだった。

「風」とあるけど、
どこか、過去(いにしえ)と、現代(いま)を、
結ぶ、デジャブさせるような、
たたずまいがあった。

cyo9

彫刻を眺めていると、
空や緑がしぜんに目に入り、
かんがえたり、感じたり、
丘を下がったり、あがったり。

散歩しているみたい。

おりしも、晴天の、箱根の山の上。

ちょっとした空中散歩、
森を歩いていて、空に近い場所で散歩している感じがした。

そうしていると、
銀閣寺の庭園を歩いたときに感じた、
歩く禅のような、
脳みそが、
別の次元に繋がっていく三昧境のような、心地よさがあった。

とにかく、
気持ちの良い日でした。

日差しが焼けるように強くて、
時折、強風が吹いていたけど。

山の上では、
カンラカンラってかんじで、
そんなのも、自然の一部みたいな。

man
ぐるっと一周してきたらしい、
外国のおじさんが、木陰のベンチで横たわって、
休んでいた。

近くには、孫らしい少年も、同じ格好で…。

この足の上げ具合といい、
その気持ち、わかるな~って、微笑ましかった。

穏やかで、なつかしくて、
夏の晴れた海に、
ピンとはった、ヨットの白い帆・・・みたいな、
爽やかな気分。

よくみると、
おじさんの太め、ボーダーのTシャツが、
ピカソみたい。

ちがう動きを、してみよう。/菅原小春さんのダンス。

そろそろ・・・

どうですか・・・?

重い腰をあげてみては・・・?

じぶんにも云ってるし、

まわりにも、そっと云いたいような、そんな気分。



4月からのハードな日々が、
夏至をすぎて、
7月になってから、
すこし和らいできている気がする。


もちろん、油断は、いけない。

気を抜くと、落ちそうな、
引き戻されそうな、
浸食されそうな、なにかはある。

ニュースを見てたって、
「へ???」
と思うような事件が、多い。

落ちてもいいだけど、
低空飛行で、省エネで、動き続けてもいいんだけど、
だんだん、飽きてきてるよね???

っていうのが、わたしの率直な感想。


この数か月、どんだけ、
「できたか/できなかったか」は、おいておいて。

観察は十分にしたし、
内省も十分したし、
今までとはちがう角度で、自分をみることも、少しはできるようになったから。

もういいじゃん。

前に進んで、
ちょこっと動いて、
もしくは、ちょこっと、休んでみて。

ちがう、動きを、してみよう。


人と同じとか、ちがうとか、
よりも、
まず、自分がしたいようにやってみる、でいい気もする。


最近、センスがある人、
その人だけの何かを光らせている人って、
しぜんと、気になってしまうんだな~って思う。

偶然、『情熱大陸』で、ダンサーで、モデルの活動もしている、
菅原小春さんの回をみて、気になってしまって。


彼女のインタビュー。


彼女のダンス。

表情や、雰囲気が、
瞬時に変わっていくのが、すごい、この人。

エネルギーとか、オーラとか、
ダンスや音楽に入った瞬間、すっと変わってしまう感じ。

この中性的な美しさも、
この人だけ、この人ならではっぽい美しさだわ。

モデルの人って、時々中性的な人が居るけど、
この人は、かっこいいのもあるけど、
かわいいのもあって、
少年のような、少女のような。

黒人女性やアジアの女性に独特の、セクシーさもあるし、
シャープなときもあるし、
現代アートのようなときもあるし。

世界が注目する、
いろんなブランドから、オファーがあるっての、
分る気がするんだよね。

この斬新さ。出しているもの。


かっこいい。

たぶん、全面的にすきでもないんだろうけど、気になってしまう(^_^;)。

クールさに、完成度の高さに。

草間彌生や、
現代アートの人にどうしても目が行ってしまうように、
どうしても、気になってしまうタイプ。

映画『ハリポタ』シリーズ パート5と6 

教員免許更新時期というものに、
気づいたらなっていたもんで、
猛烈に処理して、手配して、なんとか受講できそうで、ホッとするのもつかのま。

また別件のことで、脳みそを、回したりしつつ。

案外、こころは、6月中より穏やかに過ごせてます。

先月あたり、テレビで、『ハリポタ祭り』があり、
ハリーポッターのパート1~4まで、毎週連続、放映されてて、
あのとき、珍しく、
母も、一緒に、私の横にいてハリポタをみていたもので、
すっかり、母も気になり始め…。

TSUTAYAで、続編を借りてきて、
コツコツ見ています。

それが、ハリポタ、USJのアトラクションのせいか、
思いのほか人気で、いつもDVDも、貸し出し中状態。

二軒まわって、やっとパート5、6、7の前半だけ借りれた~。

で、昨日パート5を見たわけだが。

闇の魔法使い、ヴォルデモートの、
人の心の影に入り込む、つけ込むやり方が、
すんごい、たくみに描かれていて、


「ハウア~(゜o゜)」


と感心。

先月あたりまで、
「闇」というものが、現実にも、哲学的にも、
興味深いテーマだったのが、
先日の、夏至&誕生日旅で、
島根に行ってから、
「あはは~どすこいどすこい」な感じで、
落ち着いたのですよ。腑に落ちて。

怖くないっちゅうか、
闇も光も、
優美さも、猛々しさも、
すべてまるっと、宇宙な感じに、
おおらか~に、どすこ~いな感じで、マイルドに美しく、
均衡がとれたのです。


だから、闇のテーマも、少し落ち着いた気がしてるなか、

ハリポタで、ヴォルデモートのやり方をみてたら、

本当、客観的に、納得しまくりで、すごかったです。



人の心の弱み、一番デリケートで繊細で、
その人の触れられたくない部分に、
巧妙に入り込み、
そこを刺すやり方。

そこへの攻撃を続けられると、
へたすると、
心を喪失したり、狂気したり、死んだほうが楽と思ってしまうような。

一種の拷問に近い。

最近、蝶々さんの本を読み直してたら、

蝶々さんはそんな属性の存在を、

「お化けさん」

って表現している。

いまさらになって、それも、「そうそうそう!!!!」な感じで。



かといって、
もう、「だからって、なに???」って感じもある。

古今東西、物語や伝説は、
いつだって、光と闇の物語だし、
同じことが語られている。

昔から言われていること、なんだろうな~って。

大昔から、あること…、だろうし。


昨日のハリポタで、一番心に残ったのは、
ヴォルデモートに、
心に侵入され、乗っ取られそうになり、
憑依されそうになったときに、
ハリーが言い放つ言葉、エネルギー。

「お前が、弱いやつなんだ!
かわいそうなやつなんだ!!」などなど。

愛を信じ、
ハリーが自分を信じて、
闇を撃退した瞬間。

気持ちよかった。

そうだよな~って思った。


闇の性質を見破れば、怖くはない。

闇から身を守るためには、
じぶんが、闇の防衛術を学び、実践で戦っていくしかない・・・といふ・・・。


ただ、薬が毒に、毒が薬になるように、
こういう話も、どのように響くか、どのように受け止められるかも、
むずかしさがあるのかなって、最近感じる。

むやみやたらに怖がることもないけど、
無防備すぎて、
なにもわからなくて、
優しい人が、傷つく、傷ついていることも沢山あるとも、思う。

だから、
自分の守り方とか、防衛術、
自分の上げ方、エネルギーの高め方、
意識の高めの持ち方などを、
知る、体験する、身に着けることで、
もっと、色んな人が、生きやすくなったら、いいな~って最近は思う。


自分を高めに持っていって、
境界線をきっちり、切り離すと、
おもしろいくらいに、ちがうモードで、暮らせるのが、わかる。

どういう時、高めか。
いろいろやってみて、知ってみるのも、大切かも。

「高め」って、
私の場合、
自由、軽やか、気楽、おだやか、こだわりが(良い意味で)少ない、
楽しい気持ち、
やってみたいこと、やりたいことがたくさんある、
なにか楽しいことをやっている、
なんか、笑ったり、微笑んだりする回数が多い、
好きなもの、愛するものに触れる時間がある、などなど、かな~。

同じこと、ループで、考えなくなる。
面白いくらいに。


あいかわらず、ドロッとするときもありますが(笑)、
さらっとしている時間も、増えると、
だいぶ、バランスとれてきて、
ドロッとタイムも、だいぶ客観的に観察できるようになる。


google広告

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

プロフィール

Mari

Author:Mari
さすらいの文学少女・・・またの名を、夢見るファイター?。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

リンク

フリーエリア

CREDIT

top